2023年1月16日
日本先天代謝異常学会
新型コロナウイルス感染症の拡大(パンデミック)から3年が経ちました。基礎疾患として先天代謝異常症を持つ患者さんやそのご家族は、大変ご心配のことでしょう。日本先天代謝異常学会では、先天代謝異常症を持つ患者さんやそのご家族の皆さまにこの新しい感染症が蔓延する中でどのような対応をすべきかについて2020年に提言をまとめました。最近では、子どもへの新型コロナウイルスの感染例が増加し、予防接種を受けるかどうか迷っているとの声も耳にします。2023年の新しい提言について、原案の作成を国立成育医療研究センター総合診療部の窪田満先生(日本先天代謝異常学会理事)にお願いし、理事・評議員の意見を加えて完成させました。以下のメッセージを日々の生活や診療にお役立ていただければ幸いです。
新型コロナウイルス感染症と先天代謝異常症
【患者様向けメッセージ】
現時点でも新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の世界的流行が終息する気配をみせていません。基礎疾患として先天代謝異常症を持つ患者様、またその御家族は、大変心配なこととお察しします。2020年にCOVID-19と先天代謝異常症に関するメッセージを出しましたが、このたび、COVID-19と先天代謝異常症に関する情報を更新させていただきたいと思います。メッセージとしては以下の3つです。
- 小児患者数の急増に伴い、以前は少数であった重症例と死亡例が増加しています。
- 先天代謝異常症を持つ患者の重症化リスクが特に高いわけではないのですが、医療的ケア児、移植後の患者さんは注意する必要があります。
- 生後6か月以上のすべての先天代謝異常症の子どもにワクチン接種を推奨します。
以下に解説を載せます。専門的な内容でやや難しいのですが、是非、お読みいただければと思います。また、医療者の皆様は、日常診療の参考にしていただければと思います。2020年のメッセージにも書きましたが、全国の先天代謝異常症専門医は優しい先生ばかりですので、悩みごとや疑問があったら、是非主治医に相談して下さい。
【医療者と患者様のための解説】
① 小児患者数の急増に伴い、以前は少数であった重症例と死亡例が増加しています
2020年に本学会からメッセージを出したときは、COVID-19小児の全体に占める割合は、わずか4%でしたが、2022年1月以降、流行株がオミクロン株になってからは10歳未満〜10歳台の子どもが占める割合がかなり増加しています。例えば、2022年12月7日〜13日の1週間の新規感染者数は、10歳未満が118,085人、10歳台が138,749人で、合計すると新規感染者数全体(903,648人)の28.4%になります1)。皆様も、お子様御自身や周りの感染増加を実感されていると思います。
重症度に関しては、未だにCOVID-19の重症度分類が呼吸器症状(特に呼吸困難)と酸素化を中心に分類されているのですが2)、小児では様相が異なります。小児のCOVID-19症例の95%以上は軽症ですが、クループ症候群や嘔吐を伴う胃腸炎症状をきたす子どもが増え3)、熱性けいれんで入院する子どもが増えました4)。また、重症例として、小児多系統炎症性症候群(MIS-C)、急性脳症、心筋炎/心不全が報告されています5)。
10歳未満〜10歳台の子どもの累積死亡者数は2022年12月13日までの合計で44人であり1)、総死亡者数54,026人に比べればほんのわずかですが、2020年のメッセージの際は死亡者はゼロでしたので、オミクロン株になってから増加しているのは事実です。
いわゆる新型コロナウイルス後遺症(Long COVID)に関しては、まだ分かっていないことが多いのが現状です。ただ、子どもでも、新型コロナウイルス感染後から続く倦怠感、疲労感、食欲不振、微熱など、多岐にわたる症状を訴える方がいるのは事実です。なお、感染前から症状があればLong COVIDとは考えません。自律神経失調のような病態が中心のようにも思われますが、現在、調査研究が進行しています。先天代謝異常症の場合は、このような全身状態の不調に伴い、軽度の代謝性アシドーシスや高アンモニア血症が生じても不思議ではなく、主治医に相談することが重要です。対症療法にはなりますが、全身状態の安定が何よりも優先されます。
② 先天代謝異常症を持つ患者の重症化リスクが特に高いわけではないのですが、医療的ケア児、移植後の患者さんは注意する必要があります。
いくつかの論文で、2歳未満の小児と基礎疾患のある小児は重症化リスクが増大すると言われていますが、先天代謝異常症に関しては、重症化リスクが特に高いわけではなさそうです。ヨーロッパを中心とした有機酸代謝異常症と尿素サイクル異常症の検討では、2021年までのオミクロン株前の検討ではありますが、14カ国792人の先天代謝異常症の患者の中で、59人がCOVID-19に罹患しましたが、ほとんどの患者(49/59; 83%)が軽症で経過しました6)。10人が入院治療となりましたが、ICU入室患者はゼロで、亡くなった方もゼロでした。しかし、医療的ケアの有無に関しては記載されていません。一方で、サウジアラビアからの報告では、1,058人の先天代謝異常症の患者の中で124人が感染し、うち22人が入院し、10人がICUに入室し、3人亡くなっています7)。なお、亡くなった3人はすべて「local hospital」で死亡しており、国によって医療状況が異なりますが、日本の医療レベルであれば、ヨーロッパと同程度の重症度と考えられ、先天代謝異常症を持つ患者の重症化リスクが特に高いわけではないとさせていただきました。
一方で、北米の46のPICUに入院した48人の小児患者に関する検討では、そのうち19人(40%)が、日本で言う「医療的ケア児(気管切開を含む、長期的な医療管理を要する児)」でした8)。基礎疾患が何であっても、医療的ケア児に関しては重症化リスクがあると考えてよいと思います。他に、免疫不全(悪性疾患の化学療法中を含む)が11人(23%)でした。先天代謝異常症の治療として移植医療を受けられて免疫抑制薬を内服中の子どもは、重症化に十分に気を付ける必要があると考えられます。
③ 生後6か月以上のすべての先天代謝異常症の子どもにワクチン接種を推奨します
日本小児科学会は、2022年11月2日、「生後6か月以上5歳未満の小児への新型コロナワクチン接種に対する考え方」を公表し、「日本小児科学会は、生後6か月以上5歳未満のすべての小児に新型コロナワクチン接種を推奨します。」としました9)。有効性に関しては、オミクロン株BA.2流行期における発症予防効果について生後6か月~23か月児で75.8%、2~4歳児で71.8%と報告されたことを根拠にしています。これまで使われてきた5歳〜12歳未満に対するワクチンも、12歳以上に対するワクチンも、有効性、特に重症化予防効果に関しては一定の効果があると考えられます。国立感染症研究所の新型コロナウイルス感染後の20歳未満の死亡例に関する積極的疫学調査(第一報)10)では、20歳未満の死亡例のうち、当時の新型コロナワクチン種対象年齢となる5歳以上の15例では、未接種が13例(87%)、2回接種が2例(13%)で、接種を受けた2例はともに12歳以上だったと報告されています。つまり、5〜11歳の13例に限れば、死亡例は全員、ワクチン未接種だったことになります。もちろん、新型コロナワクチン接種が進んでいない状況でのデータなので、明確な因果関係を言うことはできませんが、死亡者におけるワクチン未接種の割合が大きいことは注目する必要があります。
また、2022-2023シーズンは、インフルエンザが流行しています。いわゆる「ツインデミック」の状況になっており、インフルエンザも含めて、予防接種を受けることをお勧めします。
新型コロナワクチンに関して、皆様が一番心配されるのは副反応だと思います。生後6か月以上5歳未満の小児におけるワクチンの安全性については、治験で観察された副反応はプラセボ群と同等で、その後の米国における調査でも重篤な副反応はまれと報告されています。ただ、副反応がないわけではありません。生後6か月以上5歳未満の小児、および5歳以上12歳未満の小児への新型コロナワクチンは、12歳以上の成人に対するワクチンに比べると発熱等の副反応の出現頻度は明らかに低いですが、接種後の局所の腫れや筋肉痛をはじめとして、全身反応(発熱、悪寒、倦怠感・不機嫌、関節痛、腹痛、下痢、嘔吐、食欲不振、発疹など)も生じます。その重症感が低いというだけです。もちろん、一般的に重症とされるけいれんや心筋炎などの副反応はごく僅かなのですが、先天代謝異常症を持つ子どもの場合、軽い発熱や食欲不振でも気になるところだと思います。
本学会は、先天代謝異常症を持つ子どもに対して、発症予防効果、重症化予防効果を得るために新型コロナワクチンを接種することを推奨しますが、もしも接種後に体調の悪化があった場合は、すぐに主治医に連絡して、適切な処置を受けて下さい。健康な子どもよりも点滴などを必要とする可能性は高いと考えますので、早めに医療機関を受診していただければと思います。そして、そのことを踏まえた上でも、メリットの方が大きいと考えますので、生後6か月以上のすべての先天代謝異常症の子どもにワクチン接種を推奨します。
【文献】
1)厚生労働省. データからわかる−新型コロナウイルス感染症情報−(2022年12月22日)https://covid19.mhlw.go.jp/
2)新型コロナウイルス感染症COVID-19診療の手引き 第8.1版:重症度分類(医療従事者が評価する基準)p33(2022年10月5日)
3)Iijima H, et.al: Clinical characteristics of pediatric patients with COVID-19 between Omicron era vs. pre-Omicron era. J Infect Chemother 2022; 28:1501-1505
4)Iijima H, et.al: Change in Seizure Incidence in Febrile Children With COVID-19 in the Era of Omicron Variant of Concern. J Pediatric Infect Dis Soc 2022; 11:514-517
5)日本集中治療医学会・小児集中治療委員会. 新型コロナウイルス関連小児重症・中等症例発生状況速報.(2022年11月22日)https://www.jsicm.org/news/upload/221122JSICM_jscts.pdf
6)Mütze U, et al. Impact of the SARS-CoV-2 pandemic on the health of individuals with intoxication-type metabolic diseases—Data from the E-IMD consortium. J Inherit Metab Dis 2022; doi: 10.1002/jimd.12572. Online ahead of print.
7)AlTassan R, et.al: COVID-19 in Unvaccinated patients with inherited metabolic disorders: A single center experience. Eur J Med Genet 2022; 65:104602
8)Shekerdemian LS, et al: Characteristics and Outcomes of Children With Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) Infection Admitted to US and Canadian Pediatric Intensive Care Units. JAMA Pediatr 2020; 174:868-873.
9)日本小児科学会.生後6か月以上5歳未満の小児への新型コロナワクチン接種に対する考え方(令和4年11月2日)http://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=466
10)国立感染症研究所.新型コロナウイルス感染後の20歳未満の死亡例に関する積極的疫学調査(第一報)(2022年8月31日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2559-cfeir/11480-20-2022-8-31.html